大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成5年(ワ)3107号 判決 1994年8月26日

原告

山本晃男

右訴訟代理人弁護士

中島俊則

被告

株式会社三菱銀行

右代表者代表取締役

若井恒雄

被告

栗原潔

右両名訴訟代理人弁護士

露木脩二

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金一一一五万七六〇八円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。但し、被告らが金一一一五万七六〇八円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して一一三五万七六〇八円を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  (仮に原告の請求が認容される場合)仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事実の経過

(一) 原告は、訴外有限会社さがの染芸(以下、「さがの染芸」という。)の顧問税理士である。

(二) さがの染芸は、訴外駒崎弘六(以下、「駒崎」という。)の個人営業であったが、昭和六一年一月一六日、法人格を取得した。

なお、駒崎は、昭和六三年五月頃、京都市西京区嵐山谷ヶ辻町に、妻及び息子の共有名義で、自宅を購入した。

(三) 被告銀行西院支店は、さがの染芸の法人格取得以前から、駒崎と取引していたが、さがの染芸の設立後は、同社との取引が始まった。

(1) さがの染芸は、昭和六一年四月三〇日、京都信用保証協会(以下、「保証協会」という。)の信用保証を得たうえで、被告銀行西院支店から、一〇〇〇万円(以下、「別口一〇〇〇万円」という。)の手形貸付を受け、この手形貸付は、保証協会の信用保証期間一年が切れるごとに、保証協会の保証とともに毎年書換えられ、平成二年二月二八日、保証協会の保証による証書貸付に書換えられた。

(2) さがの染芸は、昭和六二年七月頃から赤字が累積し赤字会社となっていたが、同月頃、保証協会の信用保証を得たうえで、被告銀行西院支店から、一〇〇〇万円(以下、「本件一〇〇〇万円」という。)の手形貸付を受けた。

その後、さがの染芸は、本件一〇〇〇万円の債務につき、利息のみ支払うだけで元本の弁済をしなかったが、この手形貸付についても、保証協会の信用保証期間一年が切れるごとに、保証協会の保証とともに毎年書換えられた。

(四) 駒崎は、平成二年七月二〇日頃、本件一〇〇〇万円の債務につき信用保証期間の期限が近づいてきたため、原告の事務所を訪れて、原告に対し、新たに本件一〇〇〇万円の債務についての連帯保証人になって欲しいと頼んだ。

原告は、さがの染芸が赤字会社であることを知っており、不動産の担保付でないと連帯保証人になるのは危険であると考え、「無担保か、有担保か。」と尋ねたところ、駒崎は、「無担保だ。」と答えたので、「無担保なら保証はできかねる」と言って、駒崎の依頼をいったん断った。

(五) 駒崎は、同年八月一五日頃、原告の事務所を再び訪れて、「わたしの家の値段が一億円ぐらいになっている。自宅を担保に入れるから連帯保証人になってほしい。決して迷惑かけない」と頼んだところ、原告は、駒崎の自宅には、約三五〇〇万円の住宅ローンと極度額一〇〇〇万円の根抵当権が設定されているだけであったので、十二分に担保力があると判断し、連帯保証人となることを承諾した。

(六) 原告は、同月二一日頃、金銭消費貸借契約証書と信用保証委託契約書に署名押印し、駒崎の妻に交付した。

(七) 約一週間後、被告銀行西院支店より原告の所へ保証意思確認のための書類が届いた。

同年八月二四日頃、被告銀行西院支店の行員被告栗原より原告に電話がかかってきた。原告は、被告栗原に対し、融資内容を改めて問い質したところ、本件一〇〇〇万円の債務は無担保であるとの説明だった。そこで、原告は、「駒崎の自宅には担保力がある。一〇〇〇万円もの額を、銀行は担保を付けて融資するのが定石ではないか。」「無担保では保証人になれない。」と明確に返事したところ、被告栗原は「それはその通りです。わかりました。」と言って電話を切った。

そのため、原告は、保証意思確認のための書類を被告銀行西院支店に送らなかった。

(八) ところが、被告栗原は、原告の意思を無視し、本件一〇〇〇万円の債務につき、保証協会の保証を得るための必要書類を保証協会に送付してしまった。その結果、平成二年八月二二日付にて、原告・被告・保証協会・さがの染芸間に次の内容の契約が成立した。

(1) 保証協会は、さがの染芸が被告銀行から金員を借り受けるにつき、貸付金一〇〇〇万円の範囲内で被告銀行のために信用保証協会法に基づく信用保証を行う。

(2) 保証協会が右信用保証に基づきさがの染芸のために被告銀行に弁済したときは、さがの染芸は直ちに保証協会に対して、右弁済額及びこれに対する弁済日の翌日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による損害金を支払う。

(3) 駒崎及び原告は、右信用保証委託契約の締結に際して、右契約上の債務者であるさがの染芸が保証協会に対して負担する一切の債務を連帯保証する。

(4) さがの染芸は、右信用保証委託契約に基づく保証協会の信用保証のもとに、被告銀行から一〇〇〇万円を、利息年8.15パーセント、返済条件平成四年八月二一日一括弁済、但し、手形交換所の取引停止処分を受けたときは当然に期限の利益を喪失して残額を即時返済するとの約定で借り受けた。

(九) さがの染芸は、平成三年四月五日、手形の取引停止処分を受けて倒産した。

そこで、保証協会は、同年六月一九日、被告銀行に元金一〇〇〇万円、利息一五万七六〇八円の合計金一〇一五万七六〇八円を代位弁済し、その求償金一〇一五万七六〇八円を原告に請求してきた。

保証協会は、平成四年八月一〇日、原告に対し、求償債権請求訴訟を提起し、平成五年六月二四日、原告敗訴の判決が言い渡された。この判決に対し、原告は、控訴を提起したが、後に控訴を取下げたので原告の敗訴判決は確定した。

2  被告栗原の責任

被告栗原は、銀行員として、信用保証に関する法律、通達、内規等を熟知しているにもかかわらず、被告銀行の利益を図り自己栄達という私利私欲のため、次のとおり、原告の意思を無視し信用保証に関する法規や内規に違反する信用保証委託契約等を成立せしめ、よって原告に保証協会に対する一〇一五万七六〇八円の求償債務を生起せしめたのである。被告栗原の本件貸付手続信用保証手続の遂行は、違法なものとして民法七〇九条の不法行為を構成する。

(一) 原告意思の無視

平成二年八月二二日付金銭消費貸借契約と信用保証委託契約は、同年九月一日保証協会が「信用保証書」を発行した時点で成立している。保証協会が保証決定を行い信用保証書を発行しなければ、本件一連の貸付手続信用保証手続は完了しない。

ところで、同年八月二四日頃、原告が被告栗原に対して「無担保では保証人になれない。」と明言し、それに対し同被告は「わかりました。」と返答しているにもかかわらず、原告の意思を無視し、同年九月一日頃必要書類を保証協会へ送付し、本件信用保証委託契約を成立せしめている。被告栗原が原告の意思を無視し、必要書類を保証協会へ送付していなければ原告の保証協会に対する求償債務は発生していない。

被告栗原が原告の意思を無視し、原告の意思に反して無担保(不動産担保なし)で貸付手続信用保証手続を進め完了させてしまったことは明らかに違法である。

(二) 信用保証手続違反

被告栗原は、銀行員として、本件貸付手続を実行する場合には、信用保証手続に関する法規や内規を遵守して信用保証委託契約及び信用保証契約を成立させなければならない義務を負っているが、これを怠り、次のとおり、違法な契約を成立せしめた過失により、原告の保証協会に対する求償債務を発生させた。

(1) 保証期間の延長手続及び旧債振替手続の僣脱

さがの染芸は、昭和六二年七月頃から、保証協会の信用保証をえて、被告銀行西院支店から、本件一〇〇〇万円の手形貸付を受けたのであるが、右債務については、利息しか支払えず、元本の返済はできなかった。にもかかわらず、信用保証期間一年が切れるごとに、保証協会の保証とともに毎年書換えられ、平成二年八月二二日には、保証協会の信用保証による証書貸付に書換えられた。

このように、もともと貸付があってそれを継続する場合には、本件のように、新たな貸付という形式(以下、「回収新規」という。)をとって、それについて保証協会の保証を得るという手続によるのではなく、保証期間の延長または旧債振替の手続によるべきであった。

(2) 新たに保証供与できない者に対する保証供与

さがの染芸は、本件一〇〇〇万円の債務について、信用保証期間内に、被告銀行に対し、利息のみしか支払わず、元本の返済ができなかったのだから、本来は事故として扱われるべきであったところ、保証協会の規則上、保証協会の信用保証付債務について支払いを滞っている者に対しては、新たな保証の供与はできないにもかかわらず、被告栗原は、平成二年八月二二日当時、保証付債務の支払いを実質的に延滞しているさがの染芸に対し、保証協会をして保証の供与を行わしめた。

(3) 追認保証制度の違法な利用

本件における保証協会の信用保証は追認保証であるが、追認保証は、返済能力が確実な場合に利用される制度であって、さがの染芸のように、保証期間内に元本の返済のできない赤字会社に対しては、追認保証制度など利用することはできない。

(4) 無担保保証における保証限度額の超過

本件は無担保保証であるが、無担保保証の限度額は、合計一五〇〇万円であって、被告栗原は、さがの染芸がすでに別口一〇〇〇万円の債務について無担保保証を利用しているのを知りながら、保証協会をして、限度額一五〇〇万円を超えて、本件一〇〇〇万円の債務について無担保保証を行わせしめた。

(三) 以上より、被告栗原は、原告に対し、民法七〇九条に基づく損害賠償として、後記損害について賠償する責任を負う。

3  被告銀行の責任

被告栗原は、平成二年八月二二日当時、被告銀行西院支店の行員であったが、被告銀行の業務として、請求原因2記載の保証協会の信用保証をえた貸付手続を実行し、それによって、原告に、保証協会に対する求償債務を負わしめた。

したがって、被告銀行は、原告に対し、民法七一五条に基づく損害賠償として、後記損害について賠償する責任を負う。

4  損害の発生

原告は、被告らの不法行為により、次のような損害を被った。

(一) 求償債務  一〇一五万七六〇八円

原告は、保証協会に対して、求償債務一〇一五万七六〇八円を負担し、同額の損害を被った。

(二)弁護士費用  一二〇万円

原告は、本件訴訟を提起するにあたり、原告訴訟代理人に対し、着手金及び報酬として、合計一二〇万円を支払うことを約したので、同額の損害を被った。

5  結論

よって、原告は、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、連帯して一一三五万七六〇八円の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、(一)ないし(三)、(九)の各事実は認める。(四)ないし(六)の各事実は知らない。(七)の事実は否認する。(八)の事実のうち、被告栗原が原告の意思を無視して手続を進めたとの点は否認し、契約が成立したことは認める。

2  同2、3は、否認する。

3  同4のうち、原告が保証協会に債務を負担するに至った事実は認め、右債務及び弁護士費用が損害であることは争う。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載されたところと同一であるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1のうち、(一)ないし(三)、(九)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が信用保証協会に対し、無担保のまま連帯保証をするに至った経緯について検討する。

1  甲二六、三四、乙一ないし六、原告及び被告栗原潔の各本人尋問の結果並びに後記認定事実中に掲記の各書証によると、以下の事実を認めることができる。

(一)  駒崎は、平成二年七月二〇日頃、本件一〇〇〇万円の債務につき信用保証期間の期限が近づいてきたが、これまでの連帯保証人に連帯保証の継続を断られたため、原告の事務所を訪れて、原告に対し、本件一〇〇〇万円の債務についての連帯保証人になってほしいと頼んだ。

原告は、さがの染芸が赤字会社であることを知っており(甲二二ないし二四)、不動産の担保付でないと保証人になるのは危険であると考え、「無担保か、有担保か。」と尋ねたところ、駒崎は、「無担保だ。」と答えたので、「無担保なら保証はできかねる。」と言って、駒崎の依頼を一旦断った。

(二)  ところが駒崎は、同年八月一五日頃、原告の事務所を再び訪れて、「わたしの家の値段が一億円ぐらいになっている。自宅を担保に入れるから連帯保証人になってほしい。決して迷惑かけない。」と頼んだところ、原告は、駒崎の自宅には、約三五〇〇万円の住宅ローンと極度額一〇〇〇万円の根抵当権が設定されているだけであったので、十二分に担保力があると判断し、連帯保証人となることを承諾した。

(三)  原告は、同月二一日頃、金銭消費貸借契約証書(甲一〇)と信用保証委託契約書(甲八の一)(以下「本件信用保証委託契約書」という。)の連帯保証人欄に署名押印し、同日付の原告の印鑑登録証明書とともに駒崎の妻に交付し、駒崎はこれを被告銀行に交付した。

(四)  同月二二日、被告栗原は、駒崎から右(三)記載の各書類を受領したため、従前の貸付の返済を受け、新規の貸付を行うコンピューター処理をして手続を実行した。そして、同日、原告に対し、保証意思確認のための書類(甲一五の一ないし三)を送付し、同書類は同月二三日又は二四日ころ原告に到達した。

(五)  同月二七、二八日ころ、被告栗原は、原告に電話をかけ、保証意思確認のための書類を早急に送付して欲しい旨伝えたところ、原告から、「右融資は無担保であるか有担保であるか」との質問があり、被告栗原は無担保である旨回答した。これに対し、原告は、「担保付でなければ保証人になれない。駒崎は担保余力があるのだから担保を付けて欲しい。」旨伝えたところ、被告栗原より「その担保は次回の借入のときに使いたいと思う。」旨回答した。右回答に対してさらに原告は「無担保というのは、担保が無くなってから使うものではありませんか。担保がある間は、担保を使うべきではありませんか。保証意思確認書の欄外に有担保付と書いて送ろうと思うが、間違いがあっては困るので、これは送らない。」旨反論したところ、被告栗原は「それは、そうです。分かりました。」と答えたため、右電話は終了した。そして、原告は、右会話の結果、被告らは原告による保証契約を不成立と扱ったか若しくは担保の提供を受けた上で保証手続を行ったものと思い安心し、保証意思確認書も被告銀行に対して送付しないままでいた。

(六)  ところが、被告栗原は、同月二八日、原告から保証意思確認書の送付を受けないまま、本件信用保証委託契約書ほか一件書類を保証協会に送付してしまったため、保証協会は同年九月一日、被告銀行に対して保証書(甲九)を発行し、原告と保証協会との間に、保証協会がさがの染芸に対して取得する求償債務に対する連帯保証契約が成立し、原告の保証協会に対する連帯保証契約も成立した。(請求原因一1(八)の契約成立の事実は当事者間に争いがない。)

(七)  さがの染芸は、平成三年四月五日、手形の取引停止処分を受けて倒産した。(同事実は当事者間に争いがない。)

駒崎とその家族が行方不明となったので、原告は本件一〇〇〇万円の連帯保証の件が不安になり、念のために連帯保証人になっていないか否か保証協会に確認したところ、無担保の保証人となっていると聞かされ、驚いて被告銀行、被告栗原に抗議をした。

(八)  しかし、保証協会は、同年六月一九日、被告銀行の請求により同被告に元金一〇〇〇万円、利息一五万七六〇八円の合計金一〇一五万七六〇八円を代位弁済し、その求償金一〇一五万七六〇八円を原告に請求してきた。

原告は前記(五)(六)の事実を理由に支払いを拒んでいたが、保証協会は、平成四年八月一〇日、原因に対し、求償債権請求訴訟を提起し、平成五年六月二四日、原告敗訴の判決が言い渡された。この判決に対し、原告は、控訴を提起したが、後に控訴を取下げたので原告の敗訴判決は確定した。(被告が保証協会から敗訴判決を受けた事実は当事者間に争いがない。)

2  右認定事実に対し、被告栗原は、「原告の保証意思の確認は、平成四年八月二二日に電話で行った。その際、被告栗原が『有限会社さがの染芸さんの一〇〇〇万円の借受の連帯保証人になっていますが、よろしいですか。』と質問すると、『そうです。』と答えた。この時に原告から本件貸付を担保付きに変更したいというような話があったが、本件は物的担保のない信用貸しであるという説明をすると、原告は納得した。原告は八月二七、二八日ころに電話があった旨供述しているが、この日に電話してはいない。被告栗原の作成したメモ(乙九)によると、次に原告に保証意思確認の書類の督促をしたのは同年九月一三日であるが、原告の自宅に対して行ったものか、事務所に電話をしたのかは覚えていない。」旨供述する。そして、被告栗原が本人尋問において言及している担保提供・保証意思確認チェック表(乙九)の「担保提供者本人への担保権内容(債務者・金額等)の説明」との項目の「日時・場所(方法)」及び「先方氏名」欄に「2・8・22PM1:10勤務先へTEL761―0666本人」との記載があること、同書面の特記事項欄に「9/13とくそく」との記載があること及び信用保証依頼書(控)(乙八)にも八月二二日に電話による意思確認を行った旨の記載があることが認められる。

3  しかし、右被告栗原の供述及び乙八、九の記載は以下の点に照らし、採用できない。

(一)  担保提供・保証意思確認チェック表(乙九)の「2・8・22PM1:10勤務先へTEL761―0666本人」との記載のうち、2・8・22とある部分の年月欄はゴム印により押捺されているのに対し、日付欄は手書きされている上、ゴム印の種類は同日付の金銭消費貸借証書(甲一〇)と異なっており、しかも、決裁欄に上司の決裁印もなく、原本が破られており、その破られた理由についても合理的な説明がなされていない(被告栗原供述)ことからすると、右書類が、通常の手続を経て作成された正規の書類であることに重大な疑問が生じざるを得ないこと、従って、乙八の記載内容も直ちに信用し難しいこと。

(二)  被告栗原の右2の供述中には、原告との間で、担保付の保証にするか否かでやりとりがあった際、「最終的に担保なしの保証であることを説明して原告に納得してもらった」旨の供述部分があるが、右供述自体、いかに説明して納得してもらったか等その内容についての説明が全く無い点で信用性が低い上、原告はさがの染芸の財務状況も良く知り(前記1(一))、連帯保証人の意味も十分に知悉している税理士であり、駒崎からの連帯保証の依頼に対し、一度は、無担保であることを理由にその依頼を断り(前記1(一)(二))、また、保証意思確認書も被告銀行に送り返していない(前記1(五))点からすると、原告が、無担保のままの保証を被告栗原との電話により納得したとは到底考えられないこと。

(三)  被告栗原が電話したとする平成二年八月二二日には原告は体調の問題もあって事務所へ出勤していなかったこと(甲三三及び原告本人)。

(四)  また、同じく被告栗原が電話したとする同年九月一三日は、原告は、終日外出しており、被告栗原が原告に連絡を取る機会はなかったと認められること(甲二九ないし三三及び原告本人)。

三  そこで、被告らの責任について検討する。

1  原告は、被告栗原及び被告銀行における信用保証委託手続上の違反について詳細に主張しているが、右は銀行と保証協会との間の内部の規則違反にすぎず、原告に対する関係で不法行為を構成するものではないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

2  しかしながら、右二1において認定した事実関係の下で、被告栗原が、原告が錯誤により本件信用保証委託契約書の連帯保証の保証人欄に署名捺印したものであることを知り、原告の意向に沿う旨回答した以上、信用保証委託契約に関与した銀行員としては、その通りにするか、少なくとも原告の意向には沿えない旨を明確に告知しなおすべき信義則上の義務が存在するというべきであり、右義務に反し、原告の意思を無視して保証協会に本件保証委託契約書を送付し、原告と保証協会との間に連帯保証契約を成立させてしまい、主債務者の倒産により結果的に原告に損害を与えるに至った行為は、原告に対する関係で不法行為を構成すると解すべきである。その理由は以下のとおりである。

(一)  本件信用保証委託契約において、被告銀行は直接の当事者関係にはないが、保証協会への保証委託契約手続はすべて被告銀行を通じて行われている上、被告銀行としては、保証協会がさがの染芸の被告銀行に対する債務を保証してくれることにより右債務の弁済は一〇〇パーセント確実になるという点で、信用保証委託契約の成否に重大な利害関係を有し、被告銀行は、信用保証委託契約において準当事者的な立場にあるとみられること。

(二)  原告による本件信用保証委託契約上の連帯保証を行う旨の意思表示は、本件信用保証委託契約書が被告銀行を通じて保証協会に到達して保証協会がこれを了承することにより保証協会と原告との間の連帯保証契約が成立するところであり、被告栗原は原告の右意思表示の到達過程において内部規則に従い保証意思を原告に確認したところたまたま原告の錯誤及び「無担保では保証しない。」旨の原告の要望を知ったにすぎないのであるが、被告栗原が「わかりました。」と回答したため原告は同被告が原告の要望通りに行ってくれるものと信じ、同被告の発言を信頼して連帯保証契約成立を防止するためのそれ以上の措置を講じていなかったのであるから、原告の瑕疵ある意思表示が保証協会に到達するか否かは専らその後の被告栗原の行為にかかっていたと認められること。

(三)  物的担保が提供されていると思っていたという原告の動機の錯誤は本件保証委託契約書の書面上、その動機が表示されておらず、一旦右書面が保証協会に送付され、保証協会がこれを承諾して契約が成立してしまうと、右錯誤は保証協会に対する関係では主張しえなくなってしまう情況であったこと。

(四)  以上の関係のもとで、被告栗原が、原告の「無担保では保証しない。」との意思表明を聞き、「わかりました。」と回答しながら、これを無視して本件信用保証委託契約書を保証協会に送付してしまった行為は信用保証委託契約の成立に関与する準当事者的な立場にある銀行員の行為として、著しく信義に反する行為と考えざるを得ないこと。

(五)  原告には、「自宅を担保に提供する。」旨の駒崎の発言を安易に信じ、まったく無条件の信用保証委託契約書に署名捺印をしてこれを駒崎に交付してしまった上、本件信用保証委託契約が無担保であることを被告栗原から聞いて知った後も本件信用保証委託契約書を回収するように関係当事者に働きかける等保証契約成立回避のための努力を行っていないという落ち度が認められるのであるが、右事実を過失相殺等の事情として斟酌することがあり得る(但し被告らは右主張を行っていない。)としても、被告栗原が本件信用保証委託契約書を原告の意思を無視して保証協会に送付してしまった点における信義則違反は拭うことはできないこと。

(六)  前記二1における認定事実によれば、被告銀行とさがの染芸との間の金銭消費貸借契約は、被告銀行が駒崎より金銭消費貸借契約証書(甲一〇)を受領し、平成二年八月二二日に、被告栗原において貸付実行手続を行った段階で成立しており、被告栗原は、その後の電話で原告が錯誤に陥っていたことを知ったので、被告栗原としては貸付は実行したものの、保証協会へ一〇日以内に本件信用保証委託契約書を送付しなければ右貸付に対する保証協会の追認保証を得られず(甲三七、乙五)、右の手続を進めれば原告の意思に反するというジレンマに立たされ、結局被告栗原としては被告銀行のために本件信用保証委託契約書を保証協会に送付したと考えられるのであるが、被告栗原としては、「無担保では保証しない。」との原告の意思表明に「わかりました。」と回答している以上、その通りにするか、少なくとも手続を進めるにあたってはその旨を原告に告知し、原告において本件信用保証委託契約における連帯保証契約の成立を防ぐ機会を与えるべきであったと認められること。

3  被告栗原が、右1の不法行為を被告銀行の行員として被告銀行の業務の執行として行ったことは二1において認定した事実により明らかである。

四  そこで、原告の受けた損害について検討する。

1  原告が保証協会に対して一〇一五万七六〇八円の確定債務を負うに至ったことは当事者間に争いがない。

2  また、原告が、右損害の回復のため弁護士に訴訟を委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、右損害額と相当因果関係にある弁護士費用は一〇〇万円と認めるのが相当である。

五  よって、原告の被告らに対する請求は、一一一五万七六〇八円の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条、仮執行宣言及び仮執行免脱の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官鬼澤友直)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例